Palma Catulus

仔犬の手サロン



  数日ひどく忙しかった。
 思いどおりにならぬ事やヒトに疲れ、あなたは生きる意欲すら擦り減らしていた。

 あなたはアフリカに飛んだ。
 どうしたって少し息抜きが必要だ。

 愛情いっぱいの愛犬の顔を見て、朝まで抱いたら、人生の憂さも忘れるかもしれない。
 だが、ヴィラにたどり着き、正門で医療チェックを受けている時、検査スタッフは苦笑して言った。

「感染症はありませんが、ひどくお疲れです。今日はテルマエかドムス・アウレアのサロンのマッサージでも受けられては」




 ドムスに向かうリムジンのなかで、あなたはその選択肢をもう一度考えた。

 すでに吐き気がするほど疲れがたまっている。愛犬もあなたの顔色に気づくだろう。抱いている途中で寝てしまわないとも限らない。

 ――せめて、このレンガ塀を背負ったような重ささえ、少しマシになれば。

 行き先変更を運転手に命じた後、あなたは家令に連絡を入れた。家令はあなたの要望を察した。

「かしこまりました。オススメのサロンがあるんですよ。ゆっくりお疲れを癒してください」




 テルマエのスタッフはあなたを待っていた。

「ご主人様、お帰りなさいませ」

 どうぞ、こちらへとエレベーターへ誘う。犬と遊ぶための入浴ではないため、上階のサロンに向かう。
 アーユルベーダ、アロマテラピー、タラソテラピー、タイ式マッサージ、岩盤療法、さまざまな療法のサロンが並んでいる。

 あなたは家令が手配したサロン『パルマ・カトゥルス(仔犬の手サロン)』に案内された。

 紺の甚平を着た犬たちが、笑顔であなたを迎える。

「お帰りなさいませ。ご主人様」

 なかにひときわ目立つ犬がいる。若いはずなのに、あなたを見つめる目が慈父のようにやさしい。

です。本日の施術は、わたしがつとめさせていただきます」

 おだやかな声だった。ここの犬たちは使役犬にしてはハンサムぞろいだったが、あなたはいま食欲もわかないほど疲れている。

 檜のすずやかに香るトリートメント・ルームに案内され、ローブに着替えるように言われた。


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